第八場 メレンデス侯爵邸 E

エルビラ。中央にいる。サス・スポット。BGM。

エルビラ 「侯爵が、あの人が死んだ。何故?どうして。侯爵が、あの人が死んだ。」

エルビラそのままで、ストップ・モーションになる。BGM。
上手踊場に、エリオとマリオが立っている。サス・スポット。

マリオ  「エリオ、一体どういうつもりなんだ。」
エリオ  「なにがだ。」
マリオ  「知らないはずはないだろう。メレンデス侯爵が、亡くなったんだぞ。」
エリオ  「知ってるさ。」
マリオ  「殺されたんだゾ。」
エリオ  「僕が殺ったとでも思っているのか。」
マリオ  「いや、だが……。」
エリオ  「確かに侯爵は殺された。僕が送ったワインの中に毒が入っていたんだ。だけど、僕じゃない。」
マリオ  「ワインのこともだが、エリオ。おまえが一番疑われる原因は……。」
エリオ  「侯爵夫人……。」
マリオ  「分っているなら。」
エリオ  「分っているさ。しかし、僕はあの女を愛しているが。愛されたわけではない。
     あの女を見つめていられれば良かったんだ。」
マリオ  「そんなものか、愛されることを望みはしなかったと言うのか。」
エリオ  「マリオ。」
マリオ  「侯爵さえ居なければ良いと、一度も思わなかったと、誰が信じる。」
エリオ  「だが、僕じゃない。」

BGM。サス・スポット消える。
下手に、ファノと、ファニータが、居る。サス・スポット。

ファニータ 「エルビラの、亭主が、死んだらしいよ。」
ファノ   「毒を盛られてな。」
ファニータ 「ファノ。あんたじゃないのかい。」
ファノ   「馬鹿なこと言うな。殺るんならもっと前に、バレないように殺るさ。」
ファニータ 「確かにね。でも最近トマスと悪さしてたじゃないか。そいつを見付かってってのも
      考えられると思ってね。」
ファノ   「信じないって言うのか。」
ファニータ 「信じろって言うの。」
ファノ   「(笑って)いいさ。だが、俺じゃない。」

BGM。サス・スポット消える。エルビラだけ、残っている。

エルビラ 「一体誰が。侯爵を……。」

照明全開。エリオのみ、残っている。

エリオ  「メレンデス侯爵夫人。エルビラ。」
エルビラ 「エリオ。いらしていたのですか。」
エリオ  「侯爵の事、聞きました。お気の毒なことです。一体誰が……。」
エルビラ 「エリオ。」
エリオ  「貴女も私が侯爵を殺したと思っていらっしゃるのですか。」
エルビラ 「いいえ、貴方ではありませんわ。確かに貴方にいただいた。
     ワインを飲んで、亡くなりましたが。」
エリオ  「エルビラ。」
エルビラ 「あの薬を、貴方は手に入れることは出来ない。」
エリオ  「……。」
エルビラ 「あの薬は、私達シプシーの間に伝わる物。伯爵家に生まれた、貴方ではどう考えても、
     あのワインの中に入れることなど、出来るわけがありません。」
エリオ  「ありがとう。」
エルビラ 「しかし、私は手に入れる事も。作ることも出来るのです。エリオ、
     疑われているのは貴方だけではなく、この私も疑われているのです。」
エリオ  「エルビラ、貴女が何故。」
エルビラ 「貴方も知っているとうり。侯爵と私はそれは年の離れた夫婦でした。
     身分も違い過ぎたのです。人は皆私は侯爵家の財産が目的なのだろうと言いました。
     でも私は侯爵を愛していました。けっして財産目的などでは、ありません。」
エリオ  「もちろんです。貴女はそんな事が出来る人ではない。」
エルビラ 「エリオ。私を信じてくれるのですか。」
エリオ  「エルビラ。」
エルビラ 「エリオ、ありがとう。貴方の言葉で安心したのか疲れが出たようです。
     部屋へ下がってもよろしいかしら。」
エリオ  「どうぞ、ゆっくりと休んでください。」

エリオ。舞台前面へ出る。カーテン閉まる。

第九場         カーテン前

エリオ  「エルビラ。貴女も苦しんでいるのですね。」

音楽が流れて来る。エリオの歌になる。

エリオ  『貴女に 出会ったのは
      運命だと 思えど
      貴女を この手にと
      夢には 見れど
      貴女を 愛すればこそ
      貴女を 悲しませたくはない
      涙の後が やつれた頬が
      僕を 苦しめる』

エリオ上手退場。入れ代わりに、下手からファノ登場。

ファノ  『おまえは 確かに
      俺のものだ
      俺も 確かに
      おまえのものだ
      だが 手にするものは
      他にある
      見付けるのは 俺自身
      おまえを 取り戻すのは
      それからだ』

ファノの歌の間にカーテン開く。

第十場 ジプシー村 C

トマスがいる。

トマス  「ファノ。探したんだぜ。」
ファノ  「トマス。俺を探すより、頼んでた物は見つかったのか。」
トマス  「まだだけど。ファノ、よっぽど金になるのかい。」
ファノ  「そうだ。いやそれ以上だ。」

ファニータが出る。

ファニータ 「ファノ。此処にいたのかい。大変なことになったんだよ。」
ファノ   「何があった。」
ファニータ 「死んだ侯爵が盛られてた薬。あたし達が使ってる物と同じらしいんだ。
      それで何人か引っ張られてった。」
トマス   「なんで、理由がないじゃないか。」
ファニータ 「馬鹿だね。おまえが悪さするからだ。」

トマス黙る。気まずい。

ファノ   「ファニータ、それは俺にも責任はある。トマスをいじめるな。」
ファニータ 「ファノ。でも、どうするつもりだい。」
ファノ   「殺ってないんだ。帰って来るさ。」
ファニータ 「あんがい、あの女じゃないのかい。金を手にいれるためにさ。」
ファノ   「ファニータ。」
ファニータ 「また殴る気かい。でも殺って無いとは言えないよ。」

ファノ、感情の行き場が無くなる。ジプシー達が、やってくる。

メリッサ 「ファノ……。」
ファノ  「聞いたよ。」
メリッサ 「そう、どう思う。」
ファノ  「……。」

ジプシー達口々に。

ジプシー達 「なんであの薬が使われなきゃならない。」
      「あんな物、何処から手に入れたって言うんだ。」
      「やっぱりエルビラかしら。」
      「結局ファノを捨てて行った女だもの。」

エルビラの陰口でかなり騒がしくなった頃に。エルビラ。下手から登場。酔って乱れた感じ。

エルビラ  「あたしが、どうしたって。」
ジプシー達 「エルビラ!!。」
      「エルビラだ!!。」
      「エルビラが来た。」

と騒がしくなる。

メリッサ 「エルビラ。酔ってるのかい。」
エルビラ 「酔ってない。飲んでるけど、酔ってなんかない。」
ファノ  「エルビラ。」
エルビラ 「ファノ。(力のない笑顔で見つめて)あんたも、あたしが、殺ったと、思うかい。」
ファノ  「サァ。俺には分らん。」
エルビラ 「そう。ネェ、ファノ、久し振りに、踊りたい相手して。」
ファノ  「いきなり、だな。」
エルビラ 「いけない。メリッサ、歌って。誰でも良いわ。音楽頂戴。」

音楽。エルビラ、誘うような、挑発するような踊りだし。
ファノ、それに合わせるように踊りだす。二人の激しいダンス。
メリッサの歌ソロ。
メリッサ 『アー 夢よ
      続け 永遠に
      アー 夜よ
      隠せ この愛』

間奏で、ファニータが参加する。

メリッサ 『アー 愛よ
      赤き血の色
      アー 永遠に
      燃えるは この身よ』 

三人の、他を寄せ付けない情熱的で激しいダンス。
ダンス決まって。エルビラ崩れ折れるように。倒れ込み。

エルビラ 「愛してたのよ。居なくなってやっと分かった。あたしは、あの人を愛してた。
     お金なんて入らない。あの人を返して。あたしには、それだけなのに。
     なんで誰があの人を。あたしは戻らない。メリッサ、あたし此処にいたい。
     あの屋敷は、あたし一人には広すぎる。広すぎるの。」

エルビラ。感情の高ぶりのままに、想いをぶつけ号泣。
メリッサ、エルビラを抱き締め慰める。
ファノ、ファニータ、なす術もなく見つめる。
ジプシー達の、困惑した想いのまま。
カーテン閉まる。

第十一場 セルバンティス伯爵邸 B カーテン前

カーテン前。ソニアが出る。ソニアの歌ソロ。

ソニア  『私は 貴方を 待ち続ける
      貴方が 戻って来ると 信じて
      貴方が 私を 思い出してくれるまで
      私は 何時までも 此処にいる
      今は 恋するという感情に
      溺れているだけ
      真実の愛が 直ぐ傍にあることを
      貴方は 気が付くはず
      私が 待ち続けていることに
      貴方は 気が付くはず』

テオドールが出る。

テオドール 「兄さんは、戻っては来ないかもしれない。」
ソニア   「テオドール。」
テオドール 「自分の感情に。素直な人だった。侯爵夫人を愛していると思う感情に、兄さんは溺れている。」
ソニア   「だから、その感情が覚めれば。」
テオドール 「ソニア。何故兄さんでなければならない。」
ソニア   「テオドール。」
テオドール 「何故、僕ではいけないんだ。待ち続けたのは、ソニア。君だけでは無い。
      僕も幼い頃からずっと君だけを見ていた。君が兄しか見ていないと知っていながら。
      僕は君を愛している。何故僕では、いけないんだ。」
ソニア   「……。」
テオドール 「誰もがそうだ誰もが兄さんを愛した。僕ではない。兄をエリオを。
      父上も、母上も、ソニア君もだ。許せなかった、何故僕では、いけない。」
ソニア   「エリオは長子よ。叔父様や、叔母様が。エリオを、一番に愛するのは、とうぜんじゃない。」
テオドール 「果たしてそうだろうか。」
ソニア   「テオドール。何が言いたいの。」
テオドール 「幼い時から。僕は兄さんに疑問を、持って来た。」
ソニア   「テオドール。」
テオドール 「母上は、兄さんを溺愛しすぎた。僕だって居るのに。」

テオドールの、回想になる。音楽が流れる中。照明落ちる。
セルバンティス伯爵夫人の肖像画が透けて。舞台奥が浮かび上がる。

伯爵夫人  「エリオ、エリオは、何処?」
テオドール 「母様。なあに、どうしたの。母様。」

肖像画、上がる。セルバンティス伯爵夫人と、幼い頃の、テオドールが居る。

伯爵夫人  「テオドール。兄様を見なかった。姿が見えないのだけど。」
テオドール 「兄様は、森へ行ったよ。カッコーの声がしたって言って。」
伯爵夫人  「森へ。また怪我でもしなければ良いのだけど。」
テオドール 「ネェ。何なの、僕では駄目なの。僕は母様の傍にいるよ。」
伯爵夫人  「そうね。でも、兄様が居るわ。」
テオドール 「何故。何故、僕ではいけないの。」
伯爵夫人  「兄様は、大切なの。お父様にとって、私にとって。」
テオドール 「何故。何故。」
伯爵夫人  「ごめんなさい。テオドール。」
テオドール 「何故。何故、僕ではいけないの。」

照明落ちて。元のセルバンティス伯爵夫人の肖像画の前。
テオドールと、ソニアが居る。

テオドール 「ソニア。僕はエリオが本当に僕の真の兄であることに、疑問を持って来た。
      父上と母上の血を受け継いでいるのに。エリオの行動、姿、余りに違っていると思ったことは
      ないかい?」
ソニア   「……。」
テオドール 「父上の髪はブラウン。母上はブロンド。なのに兄はブラック。黒髪だ、おかしいと思わない
            のか。母上はブルボン王家の血筋を受けた人だったと言うのに。」
ソニア   「テオドール。何が言いたいの、エリオがたとえ何者だとしても。あの人はエリオよ、
      私が愛した人なのよ。叔父様も、叔母様も、きっと私と同じ想いでエリオを愛してきたのよ。
      それでいけないと言うの。」
テオドール 「だから僕が愛されないと言うのか。僕は愛してきた。父を、母を、ソニア君を。」
ソニア   「テオドール。でも私はエリオを愛している。彼が戻って来るのを何時までも。待つわ。」
テオドール 「僕も待つ。エリオは兄さんはきっと自らを、侯爵夫人への愛で滅ぼすことになるだろう。」
ソニア   「テオドール。」
テオドール 「その時、すべてを手に入れる。」
ソニア   「……。」

BGM・暗転。

第十二場 セルバンティス伯爵邸 C カーテン前

照明入る。エリオと、マリオ達が登場する。

マリオ  「エリオ。待てよ。」
エリオ  「何の用だ。友達を疑ってかかる奴等に用はない。」
クレオ  「メレンデス侯爵の事か。」
ルシオ  「確かに、おまえかもと、考えたけど。」

三人顔を見合わせて、笑う。

エリオ  「何て奴等だ、僕は真剣に。……。」
マリオ  「そういう奴だから、おまえには侯爵を殺すなんて事。出来るはず無いと、俺達はそう思った
     わけさ。」
エリオ  「じゃあ……。」
クレオ  「分かってるよ。」
ルシオ  「安心しろよ。」
エリオ  「ありがとう。」
クレオ  「それより、おまえの愛しの侯爵夫人。消えてしまったんだって。」
マリオ  「あんがい、彼女だったのかな。」
エリオ  「馬鹿なことを言うな、あの人であるわけがない。あの人は侯爵を愛していた。」
ルシオ  「分かった分かった。だから、今日俺達が来たのは。」
マリオ  「街外れにジプシーのグループが、来ているらしいんだ。どうやら、彼女の出身のグループ
     らしいんで。エリオを誘って行ってみないかと思ってね。」
クレオ  「使われた薬は、ジプシーの物だったって言うし。」
ルシオ  「何か、手掛かりが見つかれば良いし。侯爵夫人がいたら、それだけでも良いんじゃないかと
          思って。」
エリオ  「行こう、連れて行ってくれ。」
マリオ  「よし!!決まった。」

BGM・暗転。カーテン開く





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